2020.12.11

KAZUNO-DE OSHIGOTO 鹿角を元気にする人に会いに行きます

鹿角の鍛冶技術は素晴らしい。
材料を大切にする心と技術を、これからも守っていきたい。
関刃物鍛冶工場
関 直人さん

鹿角市石野の集落に小さな鍛冶工場がある。一見、一般の民家のようだが、入り口には小さく「関刃物鍛冶工場」という看板があった。入り口に設置されたこぢんまりとしたプレハブ小屋の中にはさまざまな形状の刃物が陳列されていてどれも美しい刃紋が、鈍い光を放つ。

 かつて、鹿角市花輪には6軒の鍛冶店があったが、現在では後継者不足により2軒しかない。関さんの実家はもともと米農家だったが、小学生のころに農作業に使うカマのメンテナンスのために鍛冶店を訪れた。そのときに見た鍛冶という仕事に魅了され、地元の鍛冶店「山一(ヤマイチ)鍛冶」の山崎さんの元に通うようになった。

「見ているだけならいい、と言われました。初めのころは会話もあまりなく、じっと仕事を見ているだけでした。金属を叩いて刃物にしていくことが、不思議で面白かった」と関さん。次第に山崎さんとの距離も縮まっていったが、相変わらず直接教わることはなかった。中学2年のころ、見て覚えた知識をもとに、ひとりで手打ちの鉈を作った。山崎さんは指導もしていない中学生が初めて作った鉈を見て驚きながらも「うまくできたな」と褒めてくれたという。「山崎さんは、それでも鍛冶職人になれとは言いませんでした。高校を卒業したら一般の企業に就職して、安定した生活をしたほうが良いという助言をされ、私も一度は地元の建設会社に就職し、仕事の傍らで鍛冶をしました」。

 そのころには、個人で鍛冶の依頼を受けていたという関さん。次第に鍛冶の仕事の量も増えていき、仕事を休んで鍛冶をやることも出てきた。そんなとき、山崎さんから『鍛冶職人として、他の地域にはない鹿角の伝統である鍛冶技術を残して欲しい』と本当の気持ちを打ち明けられ、関さんは開業を決意した。

開業して2年。関さんのところには、全国各地からさまざまな鍛冶の依頼が舞い込んでくる。難しい仕事もあるが、それでも楽しいと感じているという。

「切り抜いて作るプレスのものとは違い、鹿角の鍛冶技術は金属を叩いて形を作り上げていきます。手間はかかりますが、材料を無駄にしない方法です。あちこちに相談したけど、断られたというお仕事はやはり難題であることが多い。それでも、他にやれないことを鹿角の技術なら実現できる。大変ですが、やったことのない新しい依頼にはワクワクしてしまうんです」と笑顔をみせてくれた。

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