2020.09.18
子牛がおっぱいを飲んでいる。
モヤもすっかり晴れ、虫よけや角切り、去勢の作業は順調に進んでいる。子牛がお母さんのお乳を飲んでいる。親牛のお乳を子牛が飲み続けていられるのもかづの牛ならではの特徴だ。通常和牛はだいたい2~3ヶ月で離乳、全く飲ませないで親から離すケースもあるという。乳牛の子どもは全く飲ませないとのこと。お乳が商品なんだから、そりゃそうだと思いつつ、鹿角の子牛たちの健康そうな姿にはついつい顔がほころんでしまう。
健康に育っていることは肉質にも大きな影響を与えている。黒毛和牛の赤身部分は約6割なのに対し、短角牛は約9割が赤身。だから低カロリー、高タンパクでミネラルや鉄分も豊富。アミノ酸もたっぷりと含まれており、スポーツ持久力の向上に効果のあるL-カルチニンや共役リノール酸も多く含まれているなど、食べる人間の健康にとってもいいことばかりだ。
こんな気持ちのいい場所で、経済について考えてしまった。
しかし、かづの牛はいわゆるランク付けではA2ないしはB2ランクであると実幸さんは言う。最高級のA5に比べるとだいぶ評価が低い。A~Cのアルファベットは歩留まり等級と言って、重量に対してどの程度の食べられる肉が得られるかの基準であり、1~5の数字は肉質等級と言ってサシの入り具合や肉の色、脂の色などを加味して決められているものだからだ。ランクが高いほうが市場では高値で取引される。脂肪分が少なく筋肉質で赤身中心のかづの牛にとっては不利な判定基準だ。
「マグロもトロがおいしいとされるのと一緒でね、柔らかくてこってりしたもののほうがウケるということもあるし、和牛自体の海外向けの競争力はグンと高くなる。和牛は和牛で、霜降りの芸術品。でも、かづの牛はかづの牛だから」と実幸さんは言う。
大切な価値を守るためには、ITの導入だって考える。
このような公共牧野が鹿角には4箇所ある。ここ、八幡平の馬見平の曙牧野、大湯の川島牧野、同じく大湯の熊取平牧野、熊取平基幹牧野。いずれも昭和40年代から50年代にかけて整備されたものだ。それまで原生林だった場所を整備し、牧草地として開いた。切り開く苦労はいかばかりだったか。そしてそれを維持する手間もそう。担い手の高齢化は進む。その間廃業した畜産農家も多い。それを前提に7つあった牧野組合を統合、組織化し農家の手間を減らし、共通でできることをまとめた。牧野の整備も市の主導で進められた。牧野に牛が入ることで、山の再生にも一役買っている。
実幸さんは言う。「ITとかAIとかを活用したスマート畜産も、今後必要になると思います。例えば、牛たちにGPSをつけて位置を管理する、動きが悪い牛があれば、体調が悪いのではないかと見ることもできる。足にGPSをつけておけば、両方の前足が何センチ上がっているかその滞空時間によって、その間に一突きが入っているかどうかを確認できる。自然交配をITで管理することだってできると思います。」農業と効率化のためにさまざまな技術が開発されている。人工授精だってそんな技術だ。でも、かづの牛は自然交配という大切な価値を守るために、ITを考えている。それがまた、かづの牛なのだ。
かづの牛は、かづの牛だから。
アメリカまで見えるという牧野の最高地点まで連れて行ってもらった。さすがにアメリカは見えなかったが、すっかりモヤは晴れ、鹿角の盆地が一望にできた。馬見平駒形神社というお社もあり、牛を牧野に上げた時に牛の安全祈願と無事故をお祈りするという。放牧期間は5月3日~10月20日頃まで。それ以外は雪に埋もれる場所だ。かづの牛は、かづの牛であり続けるのだろう。その「らしさ」を変えないために、さまざまな変化を受け入れながら。人間たちと牛たちの営みは続いてゆく。